銀座、出雲、花椿。
ヤブツバキのある通り。
《東京・銀座》




 銀座七丁目交差点を中心に「花椿通り」がある。その名の由来は、少し奥が深い。

 このまちが造られたのは江戸時代、今から400年以上まえのことだ。1603年からはじまった徳川幕府の大規模なまちづくりは、諸国の大名の手伝普請(てつだいぶしん)によって行われた。そのとき今の7・8丁目あたりの造成を、出雲の大名が担当した。そして、その一帯を「出雲町」と名付け、通りを「出雲通り」と呼んだ。この通りを「花椿通り」と呼ぶようになるのは、それから250年以上あとのことだ。

 1872年(明治5年)、出雲町に創業した資生堂が「出雲通り」に、出雲にゆかりのある「出雲椿(ヤブツバキ)」を植えた。このことがきっかけで、やがて「出雲通り」は「花椿通り」と呼ばれるようになった。資生堂は商標に「花椿」を使用し、いまや「椿」は資生堂に欠かせないものになっている。

 その後、出雲町は1930年(昭和5年)の町名変更で銀座八丁目となる。まちが造られてから約400年後の1993年(平成5年)に、通りが改修されたとき、出雲市から8本のヤブツバキが贈られた。このヤブツバキの背景に、400年の歴史とさまざまな人の想いが、垣間見ることができる。

■じゅーしーかまぼこ
■波照間の酒「泡波」
■伊勢うどん
■バス停の共同新聞受け
■直売所でダチョウのたまご
■TOKYOどんぐり
■銀座、出雲、花椿
■473mlと946ml
■いつも使える訳でない
■タンナファクルーと小麦粉
■テトラポッドのつくり方
■ネズミキツネザルにひとこと
■白いてんとうむし
■梅雨とサニンとヤール
■やなふぁーなー、やなわらばー
■黒糖のつくりかた
■暑さ寒さも彼岸まで
■臭い銀杏だが見なおした
■大手町でロマンスカー

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